掌編 01
どうしても忘れられないものがある。 タイトルを知らないのに、ワンフレーズだけ覚えている曲、もう何年も会っていない親戚の表情。 丸暗記したかった教科書の内容には働かない機能。 人間に心というものがあるのであれば、あの曲も親戚の表情も、きっとそこに刻み込まれているのだろう。
そしてそこには、とある風景も広がっている。 故郷ではない。かつて実際に足を踏み入れた地なのかどうかも曖昧だ。 映像か、絵画か、あるいは写真か。 なにかの折に目にした──かもしれない──風景は、石畳を進んだ先に広がっている。年季の入った建造物には草木が覆い繁り、人の手で作られたはずのそれが、大地に還ろうとしているようにも見える。 瞼の裏に浮かぶそこには色がないのに、瞼を開いた先にある現実よりも鮮やかに映る。 鳥がさえずり、風が吹く。服の裾や袖をはためかせ、刹那鼻腔をくすぐる草の匂い、土の匂い。
この感覚がかつて経験したものなのか、これまでの経験を元に再現した妄想なのか。確かめるために、そこに辿り着きたい。 ──たとえそれが、本当はまだ見ぬ終着の地であったとしても。