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「ステラ、午後はオリバーを連れて、まだ聞き込みが済んでいない住宅を回れ」
「警部、お言葉ですがアタシたちも重要参考人の捜索に加えてください。そのほうが——」
「今回の捜査権限は私に一任されている。優先順位を決めるのは君ではない……わかるな」
「……はい」
「グレイ警部、資料室からファイル持ってきました」
 鳴り響く電話の音や、職員の会話で部屋中が埋め尽くされている中、アタシと上司グレイの間に漂う張りつめた空気を破ったのは、寝癖が残った髪の、常に眠そうな顔つきをした男。去年からアタシとコンビを組んでいる新人のこの男は、グレイの顔色を伺い、少しだけ目を丸くしてみせる。タイミングが悪かったのを察したらしい。
「オリバー、遅い」
「す、すみません」
「ステラ、あとは君が伝えろ」
 グレイは整髪料で撫で付けた髪を一度手櫛で整えたあと、ニューマン——アタシは異性のことはファミリーネームで呼ぶようにしている——からやや乱暴に資料ファイルを掴みとり、ドアの向こうへと消える。残されたアタシに、ニューマンは気まずそうに眉を下げながら、
「あの、ミリガンさん。俺たちはなにを」
「聞き込み。昨日も不在だった家が何軒か残っているから、午後からアタシたちで行けって」
「あ、そうなんですね……じゃあ俺、先に行って車回してきます」
「……よろしく」
 中央第三地区警察署。今朝は晴れ間が出ていて幸先のいいスタートだったけれど、天候の変わりやすいこの国では昼前にも太陽が出ているとは限らない。廊下から窓越しに外の様子を伺ってみれば、案の定空はアスファルトを映し出しているような、鈍く冴えない調子だった。
 エントランスでニューマンを待っていると、同期で内勤のマーガレットが、簡易包装された花束をいくつか抱えてやってきた。切り花なのにまだ瑞々しさが残る、鮮やかな色合いの……バラくらいしかわからない。白だとかピンクだとか、自分ではチョイスしないカラーリングが眩しい。
「ハーイ、ステラ」
「マギー。どうしたのそれ」
「今日総務のジェーンの結婚式だったじゃない」
「え……ああ、そうだったっけ」
「そうそう。さっき参列してきた子たちが持ってきてくれたのよ。幸せのお裾分けってやつ。ほら、あなたの分もあるわ」
 そういいながら、マギーは花束のひとつをアタシに差し出す。鼻腔に嗅ぎ慣れない香りが一気に進入してきたのに驚いてしまい、アタシはマギーが寄越してきた左手を花束ごと押し返し、
「勘弁して。そういうの貰っても困るから」
「えぇっ。嫌いだったっけ」
「嫌いというか、苦手」
「あなた顔つきは派手なくせに、なんというか……似合わないこというよね」
「女はみんな花が好き、ってわけじゃないでしょう。あと、見た目が派手ってのは余計。自分でも気にしてるんだから」
 自分でいうのも変な話だけど、アタシは自分の顔で損をすることが多い。特に目。意識していなくても目力が強いらしく、学生の頃は男女問わずやたら絡まれた。もちろん悪い意味で。
 そして成長するにつれ、無駄に発達してしまった胸部のせいでさらに面倒な目にも遭ってきた。そんなワケで、今アタシの目の前にいる、一見突出した特徴が見受けられない、ウェーブ取れかけなブルネットのマギーの顔や身体つきが本気で羨ましい。と、一度飲みの席で本音をこぼしたらマジ切れされたから、二度と本人にはいわないと個人的な誓いを立てている。
「あのさ、整形費用貯めてるってマジなの」
「そう。もっと地味な顔にしてもらうの。髪はどんなに強い染料使っても染まらないから、ウィッグで我慢かな」
「どんな髪よそれ。ていうか、仕事が恋人とかいえば聞こえはいいけどさ、真面目も度が過ぎるとただのバカね。そんなんじゃ婚期逃すわよ」
 出世できないのは顔のせい、とまではいわない。産んでくれた母に申し訳なくもある。けれどもし囮捜査の必要性が出てきた時に、目立つという理由で外されるのは困る。これ以上、遅れをとりたくないのだ。
「お節介はまた今度にして」
「ちょっと、どうすんこれ」
「エントランスにでも置いておけば」
「うーん……ま、捨てられるよりマシか」
「あとなんでもいいけど、今日かけてる眼鏡、旦那のと間違えてる」
「うっそ、マジで」
「フレーム左側のシリアルナンバーが違う」
「へぇー、よく見てるのね」
「刑事だし」
 アタシとマギーが互いの顔を見やり思わず笑っていると、ニューマンが迎えにきた。外回りに出る時、運転するのは彼の役目だ。
「ミリガンさん、お待たせしました」
「よし、行こう」
「いってらっしゃい」
 マーガレットの見送りを背に、アタシたちはグレーのセダンに乗り込み、警察署をあとにした。


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