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 聞き込みを再開したところ、運がいいことに昨日不在だった人たちはほとんど在宅していた。ただひとり、例の被害者と親しかったという大学生を除いて。時間を置き、アタシたちは一七時頃改めてキャロルが住むアパートに向かった。けれど相変わらず家主は留守。ポストに溜まった郵便物にも手付かずで、キャロルが帰宅した形跡は見当たらない。
 ところが、アタシたちが署に戻ろうと車に乗り込んだ時、アパートの道路を挟んで真向かいに位置する、遊具の種類が乏しい小規模な公園に、妙な人影を見つけた。ベンチに座り、しきりにアパートの様子を伺うスーツ姿の男の姿。張り込みをしている署の人員の顔ではない。
「ニューマン。あそこにいる男、見覚えはある」
「……いや、見たことないですね。署内の人間じゃなさそうですけど」
「そう……ちょっと話しかけてみましょう」
「えっ」
 アタシはニューマンの返事を待たずに車を降り、道路を横断して公園に足を踏み入れる。ベンチに座る男はアタシが接近しているのに気づくと、立ち上がってこの場を去ろうとした。公園の出入り口はひとつしかない。必然的にこちらにやってくる男の顔を観察してみれば、双眸がやけに充血している。
 アタシはすかさず男に話しかけた。
「すみません、少しよろしいでしょうか」
 自分が着ているレザージャケットの 前 裾 フロント・ラインをめくり、内ポケットに潜む身分証明ウォレットカードをちらつかせてやれば、男が息を呑んだのがわかった。自分の中でなにかが訴えかけてくる。コイツには、きっとなにか……。
「アナタ、そこのベンチに座ってあのアパートのほうを見ていたようですが、なにかあるんですか」
「べ、別に……刑事さんの手をわずらわせるようなことはなんもしちゃいないよ」
「アタシは話を聞きたいだけです。キャロルという大学生がここ二日間帰宅せず、大学にも顔を出していないとのことで……なにかご存知ありませんか」
「し、知らないですよそんな男」
 引っかかった。口を滑らせてから自分でもミスに気づいたらしい。男はアタシの顔を見ながら表情を変え、しきりに辺りを見回し始める。
「キャロルが男だなんて一言もいってませんけど」
「ぐっ……」
「もう一度聞きます。アタシはキャロルという大学生について話を聞きたいだけです。それ以外のことに関して、今はなにも話さなくて結構ですから。ご協力いただけませんか」
 我ながら強引かつ危険なやりかただとはわかっているものの、このままコイツを逃すのだけは避けたい。アタシと話し始めてからのこの男はやけに落ち着きがなく、顔面にはうっすら汗まで浮かべている。単に刑事と会話して緊張しているとか、そういう類いの輩ではないと、自分の中で警鐘が鳴り響く。キャロルの失踪に加担していてもそうでなくても、なにか後ろめたいことを秘めているのは確かだろう。
「ミリガンさん」
 アタシの背後で様子を見ていたニューマンの声にも緊張が混ざっている。陽が沈んでしばらくたつから、アタシたちを取り巻く空気は肌に刺さるかのように冷えてきた。そしてほんの少しの沈黙ののち、なぜかひとつだけ点いていなかった公園内の街路灯に光が灯った時、男はそれを皮切りに口を開いた。
「キャロルってガキ、去年からうちに流れてくるブツの仲介役やってんだ。それが、期日は一昨日だったってえのに、それがいつまでたっても届かねえ。だから俺はボスの命令で催促しにきたんだ。そしたら、奴はこの騒ぎでよ……」
「アナタたちも彼を捜しているってこと」
「ああ、そうさ……なあ、これ以上は俺に話せることはないよ。だからさ刑事さん」
「ねえ、最後にひとつだけ教えてほしいのだけど。仲介役がブツとやらを回収するとしたら、場所はどこにするの」
「えっ……それは……場所ってもなあ……」
「大まかな位置で構わないから」
 男はアタシとニューマンを交互に見やり、聴き取りきれない声量でなにかブツブツと呟いたのち、辺りを警戒しながら耳打ちをしてきた。
「中央地区ではまずやらねえ。アンタたちの総本山があるところで、素人使って取引なんてできねえからな……キャロルにはその辺よく言い聞かせてある。そういう奴が片足突っ込むとしたら……あとはわかるだろ」
 耳元に届く男の吐息に内心鳥肌が立ったけど、この男から今聞き出せる情報はこれくらいだろう。アタシは男に一度頷いてみせてから、公園の出入り口への道を空けるように身体を引いた。男はすぐさまこの場をあとにし、アタシとニューマンだけがこの場に残った。
「ミリガンさん。あの男の言い分、本当に信じちゃうんですか」
「アタシは命令通り聞き込みをしただけよ。それに今の話が本当なら、キングス夫妻の遺体……精神状態が不安定な人間の犯行の線で考えれば、全部繋がると思うんだけど」
「はぁ……」
「とにかく、アタシたちが介入できるのはここまで。あとは報告……そしてグレイ警部次第ね」
 今日の昼の時点で有力な情報はなく、無線でもその後の進展は流れてこなかった。今得た情報以上のものが出てこないのならば、ひとつの可能性として十分あり得るだろう。
「となれば、急いで署に戻りましょう。グレイ警部にはアタシが電話するから」
「はい。でも、どうしたんですか。戻ってから口頭で説明するんじゃだめなんですか」
「もしさっきの男の話が本当なら、キャロルが今潜伏している場所が、ドラッグの売人よりも厄介な輩が蔓延っている可能性が高いからよ」


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