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 太陽が真上に昇り、少しずつ西に傾いていく内に雲は流れてしまった。夏よりはましでも、目に刺されば眩しい日差しを浴びながら、俺はおじさんを連れて無 縁 墓 地ポッターズフィールドへ向かう。あそこにはまだ墓守のおじいさんがいるだろうし、あの人なら、ジュードについて何か知っているかもしれないと思ったからだ。
 雑林に入れば、太陽が隠れて周りの空気が変わる。足元が歩きにくくなるのに注意しつつしばらく進むと、木に囲まれた空間から拓けた空間に繋がった。そして目の前には、晴れた空の下にある筈なのに、光が届いていなさそうな墓石が沢山並んでいる。
「ここに、その墓守のご老人がいるのかい」
「多分。俺もここに来るのは初めて。母さんに駄目って言われていたから」
「そうか……お母さんとの約束、破らせてしまったのか」
「人助けしているだけだし、別に大丈夫だよ……あ、あっちにいる」
 おじさんが申し訳なさそうにしているのを横目で見つつ、俺は墓石周りの草むしりをしている人物の元に駆け寄る。墓守のおじいさんは白く濁り始めている目を細め、俺だとわかると笑って迎えてくれた。そして、俺の背後にいるおじさんにも気づく。
「ああ、君か……そちらの御仁はもしや、ここに眠る誰かの縁者かな」
「ううん。人を捜しているんだ。おじいさんなら知っているかもって思ってさ」
「御老人。突然すみません、このように静かな場所を騒がせてしまって」
 おじさんが帽子を取り、頭を深々と下げる。構いませんよ、とおじいさんが手を差し出し、ふたりは握手を交わす。そして、おじさんは帽子を脱いだまま、真剣な顔つきで本題に入った。
「私が捜しているのは、ジュードという名の者です。一三年前、ゲリラ戦の混乱の最中この村に向かったと訊き、ここへ来たのですが。心当たりはありませんでしょうか」
 おじさんの問いかけに、おじいさんは目を細め、もう一度名前を確認する。すると、おじいさんは無言のまま、俺たちを奥の方にある墓石の前へと案内してみせる。それが彼の答えだった。
「残念ながらここに遺体はなく、形のみの墓となりますが……『マイク・ジュード』という革命軍の兵士でしたら、もうこの世にはおりません」
 そう言い終えると、おじいさんはもう一度頭を下げてから、荷物を持ち、俺たちを置いて雑林へと消えていく。俺は墓石に刻まれた名前を見た後、急に息苦しくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。マイク・ジュード──おじいさんは確かにそう言った。
(俺と……マイクジュニアと同じ名前……死んだ時期も……ってことは、ジュードってもしかして)
「まさかと思ってはいたが、その髪と目の色……あの男と同じ……なんということだ。私をここまで導いてくれた少年が、縁者だとは」
 俺の様子を見て全てを理解した、そんな様子でおじさんは俺を見下ろす。おじさんの影が俺を囲み込み、今まで彼から感じたことのなかった恐怖心を俺に植え込んでくる。見上げた先にあるのは、知っている筈なのに、知らない顔。
「少年。君の亡き父親は……一三年前、私の息子を殺した」
「は……な、なに。なに言ってんの」
「当時警察官だった息子は、革命軍の決起によって戦場と化した都で、市民を避難させている最中、全身に無数の銃弾を浴びた。……その時、目の前で息子を撃った人物こそ、ゲリラ兵たちを指揮していたジュードだ」
 おじさんは奇妙な程冷静に語りながら、ずっと閉じていたコートを開き、腰元に手を伸ばす。取り出したのは、銃身が短くなっているショットガン。弾を込めながら、その銃口はまっすぐ俺に向けられる。
「国が他国から解放されても、自分の息子の屍を踏み越えて得た平和など、それは私にとって本当の平和にはなり得ない。私は、自分の戦争を終わらせるためにここまで来た……なのに……私はっ」
 そう言い終えた直後、獣のような咆哮と共に、銃口が叫ぶ。俺は反射的に瞼を固く閉じる。が、なにかが砕けた音と焦げ臭いが鼻につくだけで、自分への痛みがない。
 そっと瞼を開くと、俺に撃ち込まれると思っていた銃弾は、背後にあった墓石に逸れていたらしい。俺は身体から力が抜けた拍子に、股間の辺りをじっとりと濡らしてしまった。布が張り付く感触が気持ち悪いけれど、今の俺にそれを気にする余力はない。
「私は、こんなものを破壊するために、ここまできたというのか」
 ショットガンを手放し、力なく膝を落とすおじさんの姿がやけに小さく見える。そのまま喋らなくなった彼に対して、俺はなにもできず、黙って見つめているのが精一杯で。この状態は、銃声を聴きつけた村の警官たちが駆けつけるまで続いた。


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