Area and Time【Unknown】

 動きかたを忘れたように、俺はしばらくその場に座り込んでいた。砂だらけの荒野は夜になると途端に気温が下がる。体温を奪われる前にここを立ち去らねば……そう思うものの、身体は重く、なかなか言うことを聞いてはくれない。
 だがまたしばらくして、黒煙が延々と昇っていた方角からバイクのエンジン音が近づく。これ以上強盗に遭うのはうんざりなんだが。白い息を吐きながら視線を向けると、それは数日前まで俺が乗っていた愛車で、それを運転しているのはツルだった。
「なんだ。そいつ壊れたのか」
「……大往生だ」
「大往生ねぇ。あんま笑えねーな」
「それより、あんたは研究所に行かなかったのか」
「はっ、誰が行くかあんなヤバいとこ。命がいくつあっても足りねーよ」
 バイクから降りずに、ツルは俺を見下ろす。どうやらこいつはこいつで今まで身を潜めていたらしい。わざわざ俺のバイクまで回収して、したたかな奴だ。
「で、アンタはどうするんだ。このまま化石コースか」
「……いや。骨になるにはまだ早い」
「そうかよ。ま、お互いツキにはまだ見放されてねえようだな。とりあえず、国境越えた先にしみったれた村があるから、そこまで続くといいな」
 ツルはバイクのサイドに下げた鞄からなにかを取り出し、俺に投げて寄越す。葉巻とマッチ。俺の鞄から消えていた物だ。
「こいつはいらないのか」
「次吸ったら死ぬらしいから、吸いたくても吸えないんだよ」
「俺にはそのバイクがないと死にそうなんだが、そいつも返してくれないか」
「返すわけねーだろ、アホか」
 最後になんて言ったのかはわからなかったが、言われて嬉しいことではないのは、ツルの嫌な笑いかたから伝わってきた。そして一度もこちらを振り返らず、我が物顔でバイクを盗み去っていった。お互いもう二度と会うこともないだろうが、まあいいだろう。
 もう一度だけボトムを見る。俺は立ち上がり、バイクが小さくなっていきながら向かう大橋を見据えた。断崖絶壁の赤い岩肌を越えれば、俺の旅は一度区切られ、また新しく始まる。
 友の記憶メモリーチップを胸ポケットへしまい、俺は葉巻を燻らせながら、さっきよりはいくらか軽くなった足を踏み出した。