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「時間も時間だし、先にランチ済ませよう」
「はい。昨日と同じところでいいですか」
「ええ、急ぎましょう。法定速度内でね」
 アタシとニューマンは、一昨日発生した殺人事件の現場に一番近いパブへと向かう。中央第三地区は元々学生街で、似たり寄ったりなオフィスビルの間を縫うように歴史ある大学から、最近開校した大学まで軒を連ねている。目的地は署から車で三〇分かからない距離にある住宅地。
 そこで暮らす新婚夫婦、ケネスとジャニスが揃って自宅のリビングで殺されたのが一昨日の夜二一時頃。ちょうどアタシとニューマンが仕事を切り上げ、帰宅途中でその知らせが届いた。
「リビングにグラスが三つあったってことは、やっぱ犯人は夫妻と親しい関係にあった。って感じなんですかね」
「というか、警部はもう犯人の目星がついているんでしょう」
「えっ、マジですか」
「ちゃんと前見て運転して」
「あ、すいません」
 赤信号で停止した車内、目の前の横断歩道を忙しなく横切る人の波を眺めながら、今回の事件の内容を振り返る。被害者夫婦はふたりとも二六歳——確かニューマンと同い年だ——で、遺体や部屋の状況から推察するに、リビングで遅めのディナーを誰かと囲んでいた時、カトラリーで刺殺されたというのが有力な線だ。
「昨日行った家の中で、留守の人たちが何人かいたでしょう。その中のひとりは被害者たちと友人関係にあるそうなのだけれど、昨日の夜もアパートに戻っていない。在学中の大学に確認してみたら、昨日今日とどの時間帯も講義には出ていないって」
「……それって、そいつが犯人ってことですかね」
「まだ重要参考人の域を出ていないけど、上はそう見ていると思う」
「じゃあ、早くそいつ捜すほうがいいじゃないですか」
「他にもまだ聞き終えていないところがあるでしょ。週末で留守のとこも少なくないし」
「だからって俺らにやらせることないじゃないですか……」
「アンタはまだ新人なんだから、上の連中みたいに動けなくて当然じゃない」
「でも、俺はそうでもミリガンさんは」
「ニューマン」
 コイツの不満はわかる。去年配属となったニューマンとコンビを組まされて以来、アタシたちは捜査の中心には入れてもらえないでいる。理由はまぁ察しがつく。アタシが所属する部門には出世欲が強く、年功序列を重んじる傾向が強い連中が多い。人より二倍身なりを整え、品よく振る舞ってみせているグレイ警部もそうだ。おまけに女嫌いときた。
 アイツらにとって、アタシ若輩者ニューマンが自分たちより前に出ることは好ましくないのだろう。
「聞き込みは大事な仕事よ」
「いや、まぁ、それは理解していますけど……」
「ほら、信号変わる」
「あ、はい」
 車がゆっくりと発車しだす。運転の妨げにならないよう、私は口を閉じサイドミラーに視線を滑らせる。そこには押し殺せない不満を燻らせる女の、目尻のキツい紺色の目が映っている。
 結局のところ、今の境遇を一番気にしているのは自分に他ならない。


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