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 ほどなくして目的地のパブに辿り着いた。この店舗は現場まで歩いて五分程度の場所に位置しているから、昼食を摂り次第すぐ仕事に取りかかれる。けれど時計はちょうど正午を指している。
 昨日は時間がずれていたからか比較的空いていた店内が、今日は近所の住民たちから、近くのオフィスからやってきたらしいビジネスマンの姿で埋まりつつある。それでもニューマンが素早くテーブルを確保してくれたおかげで、どうにか一息つくことができそうだ。
「フィッシュ・アンド・チップスにジャケットポテト、あとは……」
 ニューマンはアタシが席に着くと、すかさずカウンターに移動しメニューの注文をしている。猫背気味な背中に少しくたびれ始めたジャケットが気になるところではある——注意しても愛想笑いで流されるから言うだけ無駄だ——けれど、人当たりもよく、愚痴を漏らしても仕事への熱意を欠いているわけではない。あとこれはアタシにとって一番重要なことで、アタシのパーソナルスペースへ許可なく踏み込んでこないのが彼の一番いいところだ。
 私生活や趣味趣向について必要以上に詮索しないし、性別問わずニュートラルに接してくる。コンビを組んでいても、余計な摩擦やストレスを生み出さないから楽だ。過去にセクハラやパワハラを働いた上司やら後輩に辟易していたから、与えられる仕事の内容に不満はあっても、身近な人間関係で悩むことが減ったのは好都合だった。
 ただ、今日のランチのように向かい合って食事を摂る時、たまに大口を開けた拍子に白目をむくのは正直不気味だから止めてもらいたい。当の本人に何度伝えても無意識のうちにやっているから、改善しようがないのが困りものだ。それでも煙草の匂いが染みついている彼の車の中で、並んでチャイニーズデリをつつくよりはマシ、と思うことにしている。
 当の本人はアタシの思惑に気づく様子も見せず、呑気にランチを胃に流して混んでいる。食事をする様子はどちらかというと事務的で、きっと少しでも早く外で煙草を吸いたいのだろう。嫌煙家のアタシに対して相手はヘビースモーカー。壁際のテーブルを囲むアタシたちのすぐ隣でNo Smokingのラベルが監視でもしているかのよう。
「そういえば、第九地区の方で警官が重傷だそうですね。マフィアの抗争に巻き込まれたとか」
「こっちじゃ考えられない事件ね……」
「……俺たち、一〇年後もこんな調子で仕事してるんですかね」
「なに、急に」
「いや……」
「犯罪者検挙しまくって、早く出世したいとか」
「いや、うーん」
「将来が不安なの」
「……まぁ、不安がないとはいえません」
「そう。だけど、本当はアタシたちが忙しく仕事こなしているって状況自体不自然なんだから。最近はこの辺も物騒な事件が続いているし、アタシとしては前線でしっかり仕事したいけれど、それ以上に早く静かになってほしいかな」
 と、ここまで話したところで、ふと視線を自分の皿からニューマンへと移動してみると、なぜか真顔でアタシを凝視している。大変居心地がよろしくない。
「なにその顔」
「……すいません。ミリガンさんがそういう風に考えてるの、少し意外だったんで」
 意外と言われた意味が汲み取れず首を傾げると、ニューマンは視線を泳がせながら、
「もっと凶悪犯罪者を検挙しまくって、上にのし上がろうってもくろんでいる野心家なタイプなのかと」
「アンタアタシのことなんだと思ってんのよ……ま、一〇年後のことなんて誰にもわからないんじゃない」
 ジロリと一瞥してやると、ニューマンが申し訳なさそうに肩をすくめる。これでこの話題は終わりにしようと、止まっていたカトラリーを動かし始めると、ニューマンが再び口を開く。
「そういえば、ミリガンさんはなんでこの道に進んだんですか」
「なに、今日は変な質問ばっかり」
「そういえば聞いたことなかったなって」
「……人に話すようなことじゃないから」
 アタシはこれ以上お喋りに付き合う気にはなれず、目の前の皿に集中する。ニューマンも食事を再開し、咀嚼したポテトを薄い紅茶で流し込むと、早々に車へと戻っていく。アタシは早く仕事に戻りたいというはやる気持ちをおさえ、せめて彼が煙草の一本くらい心置きなく吸えるよう、カフェラテの残りはゆっくり片した。


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