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 ニューマンの車で警察署に戻る道中、捜査本部にいたグレイに「聞き込み」で入手した情報を報告した。結果、その日の内にキャロルは見つかった。場所は南東第九地区。表向きは繁華街とされているが、その実態は、世界中から犯罪者や行き場のない難民たちで溢れている無法地帯。
 そこで彼は死体で発見された。死因は薬物の過剰摂取オーバードース。彼のカバンからは商品である大量の薬物が発見された。
 第一発見者は第九地区管轄の刑事で、検死によるとキャロルは死後二日経過していた。おそらくキングス夫妻を殺害したその足で第九地区へ赴き、手元にあった取引用の薬物を摂取したのだろう。衝動的に殺人を犯したために気が動転して、判断能力も低下していたのかもしれない。
 殺人事件の犯人が死体となって発見されたのは、正直好ましくない結末だ。けれど、もしこのままキャロルが見つからず、未解決事件として処理されてしまうようなことになったら、それこそ後味が悪すぎる。そう自分に言い聞かせていると、帰宅前のマギーがロッカールームにやってきた。アタシの様子を見て察したのか、
「なんていうかさ、こういっちゃなんだけど、自業自得って感じがするよね」
「マギー」
「だってさ、犯人は自分と仲良しだった友だち夫婦を殺しちゃってるのよ。同情の余地ゼロよ」
「それは……否定できないけれど」
「それに、あなたが得た情報で犯人の居場所が特定できたんでしょ。悪いことばっかじゃないじゃん。むしろお手柄ってやつ」
「それを決めるのは上の人で、アタシじゃないよ」
「うっ。そう言われちゃうと、流石のわたしもこれ以上フォローのしようがないんですけど……」
 マギーの最後の一言に思わず笑ってしまう。友だちの厚意をこれ以上無下にする意味はない。彼女とアタシは部署は違っても、警察という組織に属しているのだから、アタシが抱く憤りや、やるせなさに似たなにかを体験しているのだろう。
「ねえ、夕飯食べにいかない。旦那出張中で家に誰もいないのよ」
「いいけど、外泊なのに眼鏡違うんじゃ、旦那さん仕事しにくそうね」
「大丈夫よ、視力ほぼほぼ同じだから」
 なにそれ、と笑いながらアタシはカバンをロッカーから回収し、マギーを連れて外に出る。すると、ドアの前にちょうど誰かが立っていたのか、相手に思い切りぶつかってしまった。
「っ、すみませ……グレイ警部」
「ステラ、ここにいたか。探していたんだ」
 グレイ警部がいるとなると、自然と背筋に力が入る。が、このあまり関わりたくない上司から切迫した様子が見て取れた。自分の声のトーンも自然と下がる。
「アタシを、ですか」
「オリバーを見なかったか」
「ニューマン、ですか。彼は先にレポートを提出して上がったと思いますけど」
「わたし上がる前に見ましたよ。遺体安置前でうろうろしてたから、声かけたらさっさと帰っちゃって」
「なら、奴はもうここにいないのか」
「彼がなにか不備でも」
「不備どころの話ではない。これを見ろ」
 グレイ警部が焦れた様子でアタシに差し出してきたのは、キャロルの遺品として回収したスマートフォンの通話記録だった。そこには、アタシも暗記してしまっている番号が一件ある。日付は三ヶ月に一回きりと間が空いてしまっているが、その番号の主は間違いなくニューマンだ。
「どういうことですか」
「それを本人に問いたださなければならない。今キャロルとオリバーの経歴を洗い直している。過去になんらかの接点があるかもしれないからな」
「そんな……」
 ただならぬ雰囲気に飲まれたらしく、マギーもアタシの隣で呆然としている。グレイは改めてアタシを見やり、
「ここ二日間、オリバーになにか変わったことは」
「特に……自分の将来に漠然とした不安を抱えているようなことは言っていましたけど、でもそれ以外は」
「手がかりが少なすぎるな。とにかく、奴の行方を追ってくれ。私は解析結果を見に行く」
「了解」
 グレイは足早にこの場を離れ、アタシもエントランスに向かいながらスマートフォンを取り出し、ニューマンの番号を呼び出す。電源が切れていて繋がらない。
全地球測位システムGPSは」
「電話が繋がらない。追われないように破棄してるかも。探しに行く」
「行くってどこに」
 マギーの問いに対して、悩む間もなくひとつの選択肢が浮かぶ。キャロルの遺体発見現場。薬物中毒の気がある男の言葉。犯罪を犯した者が逃げ込むとしたら、あの場所しかない。


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