一七日目

「あの人はね、死んでも土の中はごめんだって、いつも言っていたわ」
 あたしが洗濯物をたたんでいると、昨日とは打って変わって、ドナさんは旦那様の死をしっかり認識した状態でボトムに語りかけていた。目元が赤くなっているのは、きっと夜中にやさしい夢から覚めてしまったからだろう。けれどその顔つきは至極穏やかで、声のトーンも落ち着いている。気丈な人だ。あたしたちに心配をかけさせないようにと振る舞っている。
「わたしは素敵だと思うのだけど。大地と一体になれるのって。でもあの人はずっと宇宙そらに憧れていたから、地球に留まるのが嫌なんでしょうね」
〈旦那様がそう話している姿が容易に想像できます〉
「そうでしょう」
 リビングのテレビには宇宙旅行の広告が流れている。自分が幼かった頃はまだまだ高額だったのに、今ではけして安いとは言えないものの、実現しようと思えばできるレベルにはなっている。なんでも、事前審査は厳しいものの、個人でロケットを所有し、ハネムーンはそれで地球軌道上の宇宙ホテルで、といった話もあるくらいだ。
 ドナさんは、やや早口で捲し立てる司会者の顔を見ながら、
「主人はね、若い頃からずっと、宇宙葬のプランを立てていたの。おじいちゃんになって、昔のように身体の自由が利かなくなっても、あの人ってば、自分のことは自分でやりたがる人だったから」
〈ええ、存じております〉
「あとはわたしがあなたにお願いすればいいだけだって……わかってはいるのだけど」
〈ハイ〉
「この年齢としになって、こんなこというのは子どもじみているとは思うのだけれど……あの人が遠くに行ってしまうのが寂しくて」
〈寂しいと感じるのに、年齢は関係ないのではないですか〉
「……骨になったあの人を抱いているとね……ああ、あの人はもうここにはいないんだって。でも、それでも手放すことができない」
 ボトムが沈黙する。なんと返したらいいのか彼でも判断がつかないようだ。聞き耳を立てているだけのあたしにも、彼女になんと声をかけたらいいのかわからないけれど、それはボトムにとっても同じらしい。
「ボトム。わたしが死んだら、あなたをひとりにしてしまうのね」
〈ワタクシのことは心配いりません〉
「でも、ここから人がいなくなってしまったら、あなたは」
〈お役御免というやつです。寂しくも悲しくもありません。ワタクシは、あなたがたご夫婦をサポートするようにプログラムされていますので。自分の仕事を全うできればそれでいいのです〉
「そう……でも、あなたはそう言うけれど、わたしは辛いわ。だって、残されてひとりになるのは寂しいもの……」
 どちらもいつもの調子で会話を繰り広げているけれど、内容が内容なだけに、聞いているだけでいたたまれなくなる。ドナさんの喪失感を自分が埋められればなんて、そんなおこがましいことは考えていない。でも、なにもできない自分にうんざりしてしまう。
〈奥様、本日は音楽をかけなくてよろしいのですか〉
「……ええ。今日はいいの」
 ボトムが話題を変えるべく声をかけると、ドナさんは珍しく首を横に振ってみせた。あたしはたたみ終わった洗濯物を手に、リビングをあとにした。


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