Ruin【11:59 a.m.】
ボトム少年のヘッドが僅かに下がる。とりあえず、窓の外を覗けば陽はまだ高い。ここで身を潜められるのはありがたいが、俺にはひとつ気になることがあった。
「おい、あんたはどうする。ここに残るのか」
「ああ。言っておくが、これ以上なにかを期待しても無駄だぞ」
「そうじゃない。もしあんたもこの町を出たいのであれば」
「結構だ」
ぴしゃりと、老人は俺の言葉を両断する。少し意外だった。この男は現状に憂いているように見受けられたのだが。
「私はこの土地で生まれ、この土地に育てられた。あんたたちと違って、老い先短いこの命。死ぬも生きるも
「土地や過去に縛られている……まるで呪いだ」
無意識の内に呟いてしまった発言を、老人は見逃してはくれなかった。これまで見たことのない鋭利な光が双眸に宿る。それが、なぜか恐ろしいと感じてしまった。
「ひとつの場所に留まらずに生きている、根無し草のあんたにはわからんだろうね。所詮、相容れない者同士の邂逅だっただけの話さ」
あれから老人はどこかへ消え、ツルはスタンガンのダメージから戻ってこない。そんなに強いのかとこっそり背筋を震わせると、窓から差し込む光の下に落ち着いていたボトム少年は、足の踏み場が僅かしかない床を丁寧に進み、壁にもたれながら座っている俺の前で止まる。
〈ミスター〉
「ん」
〈さっきはありがとうございました〉
「いや、お互い様だ。君には借りを作ったままだ」
〈いえ。ボクは元々、ヒトをサポートするために造られていますから。システム上そうなのであって、貴方のように善意で動いてはいないのです〉
「俺が、善意ね……それにしても、随分ドライなことを言う」
〈水分は天敵ですしね〉
茶化す機能もついているのは、素直に面白いと思う。初めて会話した時には、こんなにも行動を共にするとは想像もつかなかった。特定の相手と言葉を交わし続けるのはいつ振りだろうか。
そう思い至り、自分は随分長いあいだ、自ら孤独を選択していたことに気付く。
〈あのう〉
「なんだ」
〈すごく今更なんですけど〉
「うん」
〈ずっとミスター呼びもなんですし、差し支えなければ、貴方の名前を教えていただきたいのですが〉
名前。俺を過去へと引き戻す要因。俺は跳ね上がった鼓動を無視し、できるだけ平静を装う。
「……俺に名前なんてない」
〈名前がない……では、なんとお呼びすれば〉
「俺はただの
〈わかりました。では……ブロンディ、と〉
「ずっと思っていたんだが、
〈制作者の趣味です〉
「へえ……」
〈ブロンディ〉
「ん」
〈折角合流できたのに、またお別れをしないといけないのは、とても残念です〉
「……ああ」
〈すみません、余計なことを言いました〉
「……お前ら、よくもまあそんな仲良しごっこができるな」
不機嫌そうな声が耳に届く。この場で会話ができるのは、俺とボトム少年、そしてツルだけだ。ツルはぶつぶつ文句を言いながら身体を起こし、俺たちを睨みつける。
「起きたのか」
「起きたのか、じゃねえ。えらい目に遭わせやがって」
〈貴方がブロンディの物を奪った犯人なのですから、当然の報いですよ〉
ボトム少年は悪びれもせずそう言ってのける。ツルは更に眉間の皺を増やしたが、一方でスタンガンに警戒しているらしく、それ以上言及することはなかった。だが、やけに真剣な顔つきで俺に向き直り、
「つーかアンタ、いい歳した野郎がそのポンコツと友だちごっこしてんのも寒いが、そいつ研究所のやつだろ。あそこがなにやらかしてんのか、わかっててやってんのか」
「どういうことだ」
「俺は知ってるぞ。あの研究所に一時期出入りしてたからな。あそこはな、表向きは自然保護だの森林再生だの綺麗事吐かしてやがるが」
〈ミスター〉
急にボトム少年が俺とツルのあいだに割り込んでくる。らしくない行動だ。雲行きが一気に怪しくなっていく。
「なんだよ、ホントのことだろうが。コイツに知られて、幻滅されるのが怖いのか」
「やめろ二人とも。下手に騒いで奴らに見つかるのは面白くない」
「ケッ」
ツルは立ち上がり、近くに転がっていたロボットの残骸に唾を吐く。そのまま部屋を出て行ったため、残ったのは俺とボトム少年のみ。彼は視線を向けてもなにも語らず、ただ沈黙を守っている。
「ボトム、君がなにかを隠しているとツルは執拗に言っていたが、それは、今俺が知らないとまずいことなのか」
〈それは……機密事項が含まれますので、ボクの一存では〉
「……ならいい」
〈エッ〉
「俺は国境を越えて旅を続けたいだけであって、君のボスが裏でなにをしているのかとかは正直どうでもいい」
〈……ブロンディ〉
「……話はこれで終わりだ。ここを出て行くには、まだ外が明るすぎる。しばらく休んでおこう」
俺は会話を切り上げ、手頃なスペースに座り直す。ボトム少年の視線をしばらく感じたが、俺は答えず体力温存に努める。時折迷い込んでくる睡魔は、周囲に散らばっているスクラップに意識を向けてやり過ごした。