Town of Wilderness【05:11 p.m.】

 どこか投げやりになってさえいるかの様な物言い。誰よりも彼自身が混乱しているのかもしれない。自律型と言っても、ベースは制作者に準ずるからか。
 俺はどうしたものかと思案するが、目の前にいるのは、名前を与えられ、得た情報を元に自分で考え、答えを導くことができる存在なのだと思い至る。それは器が異なるだけで、俺や他の人間との境界線がかなり曖昧なのではないだろうか。この答えは簡単に生まれるものではないが、少なくとも俺の中では。
「じゃあ訊くが、君はなぜそこまでして俺に着いてきたんだ」
〈えっ〉
「任務でもなければ善意でもない。なら、今の君の行動原理はなんだ」
〈ボクは……〉
「わからないなら、自分で探してみろ」
〈探す、ですか〉
「ああ。きっと、君のデータベースとやらの中からは出ないだろう。この先にあるって保証もないが」
 こういう説教臭いことを言うのは苦手だ。経験もなければ必要もなかった。在りし日、俺を諭してくれた大人ならどう話すだろう。
 そんな想像をしながら、もう一拍置いて続ける。
「君は、自分の行動は善意からではないと言っていたが、少なくとも君の行動によって命を救われた身からしてみれば、それは紛れもない善意で、君の意思ウィルとも呼べるだろう。今の話も、ここまできたという選択も、そのひとつだと思っている」
〈ボクの、意思ウィル
「残念ながら、俺は異能者だと言われてもそれを認識できずにいるし、実際なにができるかもわからん。自衛すらままならない。だから結局、逃げ出すことしかできない。俺はこのまま進むが、君はどうする」
〈……ボクは〉
 遠くで爆発音が轟く。振り返ってもここから肉眼で確認するのは叶わないが、発光と黒煙が交互に見える。いよいよ始まった。
「ボトム」
〈ボクは……ブロンディ、伏せて〉
 ボトムが何度目になるかわからない体当たりを俺に仕掛けてくる。前のめりで顔から落ちたが、頭上から聞き慣れないモーター音がするのに気付いた。ボトムより小さな楕円状の飛行物体、それは底面に装備した小銃の照準を俺に合わせていた。
「なんだこいつは」
〈研究所の小型無人兵器です。ボクが任務を放棄したのが、マスターに知れてしまったようです〉
『まったく、怖い世の中になったもんだ。人間だけじゃなく機械にまで裏切られるとはね』
 小型無人兵器から声がする。この血圧が低そうな細い声、紛れもなくウィルソンのものだ。スピーカー越しから、荒野とリンクしている爆音が時差で聞こえる。
『ボトム、お前が一方的にネットワークを遮断してもこちらには伝わっているぞ。その異能者が知り得ない情報を共有していることは』
「監視は続いていたのか」
〈すみません……マスター、いえ、ウィルソンの方が上手でした。おそらく衛星で監視していたのでしょう〉
『当たり前だろう。私の手によって生まれたものが、生みの親を出し抜けると本気で思ったのか。お前はもう、時代に取り残された残骸スクラップでしかないようだ』
 言い終わるや否や、小型無人兵器の機銃が火を噴き始める。俺とボトムはなす術もなくひたすら駆けるしかない。だが大橋まではまだ距離があり、相手は諦める様子もなく更に弾丸を荒野に埋める。
 俺が追いつかれて撃たれるか、俺の脚が限界を迎えて転ぶのが先か……毎日夢の中でも散々逃げてばかりなのに、いよいよ、俺の逃走劇が終わるのか。縁起でもない考えが目の前を掠めた時、
〈ブロンディ、そのまま振り返らずに走ってください。大橋を渡れば、国境はすぐです〉
「おい、なに言ってる」
〈このままでは、僕たちどちらもやられちゃいます。なので──〉
 急ブレーキで地面が擦れる音が俺の耳をつんざき、銃声が止む。走る足はそのままに首だけ背後に向けると、ボトムがマニピュレータを発射し、小型無人兵器を捕らえていた。動きは止められたが、双方の均衡は危うく、ボトムからは所々火花が散っている始末だ。
「ボトム、やめろっ」
『お前、そうまでして私に歯向かうのか。人の真似をして、友情ごっこか。プログラムされていない動作など……機械に、自己犠牲などできるものか』
 俺がいてもたってもいられずにその場に踏み留まると、乾いた銃声がボトムに降り注ぎ、ヘッドとボディーを繋ぐ首部分が打ち抜かれ、真っ二つに割れる。声こそないが、俺にはボトムの慟哭が聞こえた。ボディーにも穴を空けたボトムは、それでも無人機を離さず、ありったけの電撃を流し込み、自分もろとも破裂音に身を投じる。
 小型無人機は煙を吹きながら地に墜ちる。音声部分はまだ生きていたようで、向こうからなにかを喚く声がするが、まもなくしてそれも途切れた。研究所の方からは、こちらの大気を揺るがす程の、ひときわ大きな爆発音が聞こえた。
 俺は疲労だけが理由ではない重い足取りで、ボトムの元に近寄る。小型無人機の残骸は、完全に沈黙した。ボトムの渾身の一撃が、最新鋭の兵器を凌駕したのだ。
「……ボトムを先に裏切ったのは、あんただろ。ウィルソン主任」
〈ブロンディ……無事ですか〉
 もうほとんど聞こえないであろう俺の呟きを、バラバラになったボトムがキャッチする。慌てて膝を落とし、ヘッドを拾うとレンズは粉々で、音声はどうにか輪郭を保っているボディーから聞こえた。ノイズがひどく、一気に老けたかのようだ。
「折角の二枚目がもったいないな」
〈お上手、ですね〉
「なあ、どうすればいいんだ。部品全部持っていけば、直せるのか」
〈……残念です、が……今ので壊れた部品も、ありまして……それらも、もう、製造終了しているん、です。復元は、できないものと……〉
「……そうか」
〈もう、夜になります……ボク、荷物になっちゃうので、どうぞ、気にせず……ああ、でも〉
「でも、なんだ」
〈メモリー、チップ……ボディーの、背面の、スイッチ……〉
 俺は言われた通りに、ボトムの背中を探すと小さなスイッチを見つけ、そっと押し込む。すぐにスロットが飛び出し、長方形で人差し指程度の小さなチップが現れる。これが、彼の記憶か。
〈旅は道連れ、世は、情け……って言いますし、よければ、それを……〉
「わかったよ……君は本当に物知りだな」
 受け取ったメモリーチップを握ると、ボトムの声が更に割れ始める。彼に痛みの概念がないのだけが救いだ。そうでなければ、あまりにも痛々しい。
〈ブロンディ……ボクたち、いい友だちに、なれますかね……人工知能AI相手でよければ、の話ですけど〉
「……そんなのは、些細なことだ。そうだろう、ボトム」
 俺の問いかけに、ボトムは反応しない。人間のように呻いたり息を吐く音はしない。それでも、俺は続ける。
「お前のおかげで、俺は生き延びた。俺とお前は、最高の友だちパートナーだ」
 そう言い切ると、ボトムの起動音は完全に途切れ、彼の心臓が止まった。今まで会話していたのが嘘のように、その身体は冷たく重い。俺の手の中にあるボトムのメモリーチップも、徐々に冷たくなっていった。


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